ハングルを弾圧したと言われる「朝鮮語学会事件」について

朝鮮半島の日本統治や朝鮮語(ハングル)の論争で「朝鮮語学会事件」が出される事があるので、予備知識として知らない人は覚えて欲しい。

朝鮮語学会事件は、1942年10月に朝鮮総督府により、治安維持法違反を理由に語学会員を大量検挙した事件なのだが、これを朝鮮語の弾圧として左翼や韓国は批判をしているが、この事件は朝鮮語の弾圧では無く、危険思想から来る独立運動団体・活動家らの取り締まりである。

朝鮮語学会は、1921年12月3日に朝鮮語研究会として任璟宰・張志暎・崔斗善らと、朝鮮語(ハングル)研究家の周時経の多くの弟子らで構成され立ち上げられているので、周時経から解説していこう。

朝鮮語学会事件の真相

周時経は1895年、徐載弼、李完用、李承晩らと共に開化派らによる運動団体「独立協会」を立ち上げおり、この独立協会の中には①両班や上級階級による下層階級への搾取虐待を朝鮮人の手で克服するのは困難であり、その為に日本との合邦が必要派と、②日本との合邦はせずに朝鮮人自らの手で自主独立を目指す派が混在していた。

①の者は1898年12月25日に皇帝勅令によって独立協会が強制解散となった後、1904年に李容九、宋秉畯らの開化派によって創設された「一進会」に入る。
初代韓国大統領の李承晩は、この一進会のメンバーであるが、日韓併合後に②に転じておりその理由は後で後述する。

周時経は②の立場であった為、日露戦争後の1907年7月、朝鮮政府によって国文研究所が設置された後、中心研究員として抜擢されるも、日韓併合後に国文研究所を辞めていて、同時に周時経と同じ考えの者達も辞めている。
そして、②の者達は独立運動をしていたが仲間が拘束された為、自身の身柄拘束を危惧した周時経は、1914年7月に亡命を図るも同月27日に急病により死去するのだが、この周時経の亡命先というのが上海である。

②の考えの者達の独立運動は、③元両班らの上級階級の者達と、④朝鮮民族主義歴史学に染まった活動家らが行っている。
④の中心メンバーの多くは上海に亡命したり、集結しており、朝鮮民族主義歴史学を提唱し、抗日暴力革命思想を啓蒙した「申采浩(しんさいこう)も1913年11月に上海に渡っている。

申采浩は、1910年に中国の青島に亡命して大韓光復会副会長になり、翌年1911年にはウラジオストクへ渡り、1913年11月に申奎植の斡旋で上海に渡ると、独立運動団体を支援する貿易会社同済社に参加している。

1919年には周時経の弟子、金枓奉も上海亡命に亡命していて朝鮮解放(日本の敗戦)後は北朝鮮に渡り、北朝鮮労働党委員長や金日成総合大学初代総長を務めた。

④の中心メンバー以外は日本統治下の朝鮮半島に残り、密かに独立活動を続け、大韓帝国の初代皇帝「高宗」の葬儀にて行われた三・一運動を実行するも失敗に終わる。
ちなみに三・一運動を韓国では肯定的に取り上げているが、この運動に参加した者らは元両班らの上級階級の者達が多く、過去に日本に亡命していたり、運動の後に親日家に転身した者までいる事から北朝鮮はこの運動を皮肉っている。

そして「朝鮮語学会事件」が起こるのだが、2018年9月9日ハンギョレ公開の「[歴史の中の今日]日帝が押収「朝鮮語大辞典原稿」ソウル駅倉庫で発見さる(上)[歴史の中の今日]日帝が押収「朝鮮語大辞典原稿」ソウル駅倉庫で発見さる(上)」では、このように記載されている。

〜 日本はハングル研究をした学者を「朝鮮思想犯保護観察令」の対象とした。 〜
〜 治安維持法第1条に該当する 〜

このように朝鮮総督府はハングルを弾圧したのでは無く、当初は朝鮮語研究をして、1933年に韓国や北朝鮮のハングル正書法の基となった朝鮮語綴字法統一案を発表した朝鮮語学会がその後、民族独立運動をしていた為、摘発されたという事だ。

それほど当時の朝鮮総督府及び日本政府は朝鮮民族主義歴史学からくる反日・抗日運動を危険視していた。

なお、李承晩が②に転じた理由として、一進会は日本との合邦を望んでいたが、それは同等の合邦であったが満足いく形での併合では無かった為、併合後に一進会が解散された後、多くの一進会メンバーが②に転じている。
何故、一進会の望んだ形での併合にならなかったのかは、併合前から危険な民族主義が朝鮮人の中で少しずつ広まっている事を知れば誰でも理解できる。

朝鮮民族主義歴史学は、日本歴史学は朝鮮を歴史上従属的で文化的に遅れていると描く植民地歴史学であると断じており、昨今の韓国・北朝鮮や朝鮮人の言動を見れば、朝鮮民族主義歴史学から来るものだと理解できるだろう。

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