長年、封印されてきた「日本人留用政策」とは

1945年8月8日、ソビエト連邦は日ソ中立条約を破り、日本へ宣戦布告(対日参戦)しました。
そして、ソ連軍が樺太や満州国等に侵攻した事で満州国は崩壊となり、在満日本人は荷物を持ち避難する事になります。

多くの日本人が避難をしてる途中で、ソ連軍や中国共産党軍、中国人・朝鮮人の暴民、朝鮮人保安隊に襲撃され、強姦、虐殺、子供を奪われたり等の言葉では言い表せないほどの地獄がそこにありましたが、ソ連軍や朝鮮人保安隊に捕まっても地獄でした。
収容所は狭く不衛生、配給も極僅か。
そのため多くの人達が、栄養失調、はしかやチフス等の病気で亡くなりました。
女性は強姦され性病で亡くなる人もいたり、当時は富国強兵のもと堕胎は禁止されていたので、妊娠した事を絶望して自決する人もいました。

満州や朝鮮半島の北緯38度線以北などのソ連軍占領下の地域では、日本人の引揚費用をソ連のどの省が払うのか責任の先送りで引揚が遅れました。
それが原因で栄養失調や飢えや病気で約3万人以上が死亡した。

米田建三は、婦女子の強姦は有史以来、戦争には付き物とされるも、先の大戦での満州・朝鮮における日本人婦女子の強姦は度を越して凄まじいものであった。朝鮮人・朝鮮保安隊のレイプは残虐を極め、強姦・婦人の要求は「報い」として甘受できる被害とはとうてい言えるものではなく、ベルリン等ドイツ全土では200万人のドイツ女性がレイプされたと推定されるが、朝鮮人、朝鮮人の保安隊に犯される様はベルリン同様と述べている。

私は終戦後に朝鮮人や朝鮮人保安隊などに虐殺・強姦行為は朝鮮民族主義によるヘイトクライムと認識しています。

こうした地獄から逃れるため、20万人が自力で北緯38度線を越えて日本へ帰国し、満州からの引揚は、ソ連から中華民国の占領下になってから行われました。

このように終戦しているのにも関わらず、一般市民への虐殺や強姦などの地獄が事実としてありますが、中国共産党や国民党は捕まえた日本人や日本人居留地からの日本人留用をしていました。
多くの軍関係者(日本兵など)や、満鉄職員、医師、看護師、運転手、建設系や工業系の技術者、大学の教員、研究所の研究員などは留用させられたと言います。

そして、1946年6月26日に中国最後の覇権争い第二次国共内戦が起きます。
満州最初の引揚船が博多に入港したのは4月5日ですから、留用が中国側のオブラートに包んだ表現で、実態は捕虜となった精強な日本兵や優秀な日本人を帰国させずに再び起こる国共内戦や内戦後を見越した徴用という事が分かります。

医師や看護師だと分かれば、病院で働くよう強制されて、国共内戦が始まる直前には軍から赤紙が出されると従軍した医師や看護師がいました。
そのような境遇に遭われた方々の終戦は1945年8月15日では無く、中華人民共和国が成立した1949年10月1日になるのです。

中国では「留用者」と呼ばれる人達の事は、政治的要因により、真相は長年封印されたままでしたが、1980年代から日中国交正常化30周年記念に至る「日中友好」が強調された時期に、共産党側に留用された日本人については「新中国の誕生に貢献した」理由で言及され始めました。
(引用:中国共産党支配地域における日本人留用の諸相:1945-1950年代

留用されず、引揚もできずに中国大陸に残らざるを得なくなった日本人を「中国残留日本人」と言います。
留用者は強制された人もいれば、劣悪な環境の収容所に逆戻りする恐怖もあり自ら名乗り出て徴用された人もいます。
しかし、状況が完全に把握できなかった当時の日本政府から見れば、自分の意思で残り中国のために働いたと判断され、中国国籍を取得した人は日中国交正常化の日を持って日本国籍が喪失しました。
このような行為に対して、日本政府を訴えた裁判では、ことごとく日本政府は敗訴しています。

では、徴用された留用者に家族がいた場合はどうなるでしょう。自分は残って家族は日本に引揚というケースもありますが、家族も一緒に残ったケースも当然ありました。

例えば、避難の過程で両親と死別した満州の看護婦養成所に通っていたA子さんには、12歳以下の弟がいました。
日本にいる親戚や知り合いは空襲で亡くなり誰も頼る事ができないため、弟だけ引揚船に乗らせて帰還させる考えになりませんでした。
ある日、収容所にいたところ中国の軍人から医療に携わった事があるか?と聞かれ、満州の看護婦養成所に通っていたと答えると、軍の病院で働くようにと徴用されました。
中華人民共和国成立後、A子さんは弟の事や、様々な事情を考慮して弟と一緒に中国国籍を取得しました。
そして日中国交正常化がなされ、いざ弟と一緒に日本へ帰国しようとしたところA子さんの日本国籍は喪失しており、日本のパスポートでは帰国する事ができませんでした。
弟は満州国崩壊当時、12歳以下(中国残留孤児の定義に当てはまる)でしたし、お姉ちゃんと離れたくないと言って自分の意思で残ったとしても状況が考慮され、日本国籍喪失しませんでした。

この場合、A子さんは中国国籍、弟は日本国籍の残留孤児となりますので、書類上ではA子さんは残留孤児関係者となります。

「中国残留孤児関係者の9割は偽者」(今は関係者が抜け「中国残留孤児の9割は偽者」となっている)だけで判断をすると同じ日本人を誤って偽者だ!としてしまう恐れがありますので、中国残留孤児関係者や中国残留孤児と聞いただけで判断せず、話や情報を見たり聞いた上で判断することが望ましいと私は思います。

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