【悪質】保守層にデマを発信し続ける深田萌絵信者達

反共産主義チーム(@anticcp110)」と「独立万岁(@hanjian2003)」というアカウントのデマが酷いので保守層は注意をして下さい。

独立万岁は帰化した中国人らしく長年、深田萌絵(浅田麻衣子)氏や深田萌絵信者から人権侵害や名誉棄損を受け続け、1000万円の返金もされていない本当の被害者である藤井一良氏や藤井一良氏の祖父である学徒動員で中国大陸に出兵された元日本兵で中国残留邦人一世の藤井治氏の名誉を貶める発言を繰り返しています。


この、独立万岁が提示した反共産主義チームの画像を藤井家のケースと比較して解説したいと思います。

解説

藤井家のケースに似ている方のみ、例を挙げます。
東京在住の残留邦人二世のK氏、男、1953年中国人母と日本人父の間に生まれ、K氏の父は大阪府松原市出身の旧日本兵。1939年に志那派遣軍独立混成5旅団に配属し、中国へ渡り、1940年山東で八路軍と交戦中に捕虜となり、のちに八路軍に加入しました。
中華人民共和国が成立した後、旧満州で日本人僑民事務担当の幹部となり、1954年高崗事件で失脚し、内モンゴルへ追放された。1979年名誉回復し、息子のK氏と共に天津へ移住し、1980年に大阪府実家の兄と連絡を取り、日本のパスポートを取得するために資料と戸籍謄本を郵送にて取り寄せた。そして、K氏の父は何度も中国当局に帰国の申し込みをしたが、全て却下されました。
その後、1988年4月に中国人留学生としてK氏は来日を果たし、大学卒業してから日本へ定住しました。K氏自身は帰化する事が出来ましたが、K氏の父は天津で1994年7月に亡くなりました。

「K氏の父は1939年に志那派遣軍独立混成5旅団に配属し」とありますが、藤井治氏は1944年(昭和19年)2月、学徒動員で満州の関東軍鉄道第三連隊に配属され中国大陸に出兵した元日本兵ですから、すでに藤井家のケースとは全く似ていないですね。
また、K氏の父は「1940年山東で八路軍と交戦中に捕虜となり、のちに八路軍に加入」とありますが、藤井治氏は捕虜にもなっていませんし、どこの軍にも加入していません。転戦し湖南省で終戦を迎え、終戦後は仲間や現地の人の治療を軍が残した薬や医学書を頼りに活動して、生活は困難で連絡をする術も無く残留した中国残留邦人ですので、ここも全く藤井家のケースに似ていません。
それに、八路軍というのは日中戦争時期に華北で活動していた中国共産党軍の通称ですから加入したということは中国軍人ですから「自分の意思で中国国籍を取得した」と判断されるので、K氏の父親は日中国交正常化の時に日本国籍を喪失することになります。
その為、K氏も就籍ではなく帰化ということになりますね。
そもそも、K氏の例は中国残留邦人の定義には当てはまらないので「中国残留邦人」と「藤井家と似ているケース」は完全なデマになります。

中国残留邦人とは《昭和40年代末からの呼称という》昭和20年(1945)8月9日、日ソ中立条約を破棄してソ連軍が満州(中国東北部)に侵攻して以降の混乱の中で日本に帰国できず、やむを得ず中国にとどまった日本人。ほとんどが女性と子供である。厚生労働省は、当時13歳未満で身元不明の人を「残留孤児」、それ以外の人を「残留婦人等」と呼び分けている。
引用:コトバンク

既にデマが確定してますが続いて解説します。

神戸在住の残留邦人二世のO氏、女、福建省福清市出身。父は長崎県出身の旧日本兵。父は中国国籍を保有しておらず、1980年、日本の実家から戸籍謄本を得て、中国の日本大使館で日本のパスポートを取得し、帰国した。娘であるO氏と妻は中国国籍であった為、2年後中国のパスポートで家族で帰国し、数年後に中国国籍を離脱し、日本に帰化した。

何年生まれなのか書いてませんね。
中国残留邦人の国籍関係の話をする際、生まれた年によって就籍手続きにて出生届け提出による日本国籍取得になるのか、帰化手続きによる日本国籍取得になるのか異なりますので、これは悪意のある書き方です。
というか反共産主義チームは戸籍・国籍の専門家と自称しているくせに、この書き方はあり得ませんね。
反共産主義チームが二世と言うO氏が帰化ということは日中国交正常化以降に生まれたかと見て間違い無いでしょう。
そもそも帰化の時点で「邦人」ではありません。
これのどこが藤井家に似ているケースなのか謎ですし、ちょっと変な意味で心配しちゃうレベルですね。

兵庫県西宮市在住の残留邦人のA氏、男、83歳、父は和歌山出身、旧陸軍の諜報部門に所属し、母も日本人、本人も日本生まれ。5歳の時に父の転勤と共に中国北京へ、終戦後、そのまま現地に留まりました。父は中国で死亡しましたが、本人は1980年に中国の日本大使館で日本国籍を回復し、中国人妻と中国で生まれた当時12歳の娘と共に帰国しました。北京から帰国した時、本人は日本のパスポート、妻と娘は中国のパスポートを使用しました。娘は20歳までに日中二重国籍だったのですが、成人後に日本国籍を選択し、妻も日本に帰化しました。

「5歳の時に父の転勤と共に中国北京へ」という時点で中国残留邦人ではなく、中国残留孤児になりますね。笑

太平洋戦争終了時,現在の中国東北地区 (満州) には約 150万の日本人が居住していたが,帰国の過程で死亡,行方不明となった人々も多く,数万人に上る孤児が生じたといわれる。日本政府はその子供たちのうち,両親が日本人であって,日ソ開戦が直接の原因で両親が死亡,もしくは生き別れとなり,当時 12歳以下の者を中国残留孤児と定義している。なお,13歳以上で自らの意思で中国大陸に残ったとされる女性は中国残留婦人とされ,約 1800人が確認されている。
引用:コトバンク

また「そのまま現地に留まりました」とあるので、やむを得ず中国に留まった訳では無い事がわかります。
そして「本人は1980年に中国の日本大使館で日本国籍を回復」とあるので日本国籍が喪失していたと見て間違いなさそうですね。
であれば、喪失期間に生まれた娘さんは当然、帰化となります。
藤井治氏は学徒動員で中国大陸に出兵された元日本兵ですから残留孤児の定義には当てはまりませんし、深田萌絵(浅田麻衣子)氏が藤井一良氏との裁判で提出した藤井治氏の戸籍その写し(日本)では平成3年に死亡とあるので日本国籍が喪失していない事は深田萌絵を支持する人間なら分かっているはずなのですが、明らかに貶めるために意図的な提示ですね。
そして、これら中国残留邦人二世と呼ぶ(言えないが)人達は藤井治さんの息子である藤井健夫(呉也凡)氏にあたりますが、藤井健夫さんは中華人民共和国が成立した1949年(昭和24年)10月1日の約4年後である昭和28年生まれです。
また父は日本国籍を喪失していませんので本来、出生届を提出すれば出生により日本国籍を取得できましたが機を逸しています。
その為、就籍手続きにより日本国籍取得になります。

日本人でありながら戸籍のない者について新たに戸籍に記載されること。就籍をするには家庭裁判所の許可を得るか,または判決を得て就籍の届け出をすればよい (戸籍法 110,111) 。しかし,出生届が怠られたために無籍となっている場合にその届け出義務者があるときは出生届をすることにより,また乳幼児の場合には棄児発見調書によって同一の目的を達することができる。新たに就籍する者については,原則として,父母がある場合にはその戸籍に入籍し,父母がない場合には自由に氏を選定し新戸籍が編製される。
引用:コトバンク

これが戸籍・国籍の専門家と自称する「反共産主義チーム(@anticcp110)」が提示した藤井家に似ているケースらしいですが、どこをどうみたら似ているのか。笑
戸籍・国籍の専門家と自称するのは止めて欲しいですね。どこが専門家なのか。笑

このようにデマを発信し続ける中国人達を見ると、保守界隈に間違った情報を植え付ける工作活動のような気がしてなりません。
いくら帰化したからと言っても根っこというか血統で言えば100%中国人です。
デマやねつ造は得意分野でしょう。

先の大戦を命がけで戦われ、終戦後は現地の人と仲間を軍が残した薬や医学書を頼りに医療活動をして青春の全てを捧げた藤井治氏や、その家族を貶める中国人が許せないのは私だけでしょうか?

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